好きなことしたいなら・・・

人間は自分の人生を描く画家である

心理学者 アドラーのことば

 

“自由に生きる” って、だれもが可能なこと。

旅人とか俳優とか、なにも日常からぶっ飛んだ人だけのものじゃない。

 

夢は何度でも変えていい

わたしは現在 絵描きと会社員の二足のわらじ。

絵の依頼を海外からもらったり、作品のオーダーメイドを受けたりしつつ、会社もわりと自由に働かせてもらっているよ。

Yuko Ohara

絵描きだけで生きていく。
これが今の目指すところ。

そもそも、子どもの頃から夢だったファッションデザイナーになったとこから、やたらと「夢って何だ?」とか考え始めたのよね。

辞めた後、アクセサリーを作ったり服作ったり絵を描き始めてフリーで活動してみて、海外へ飛んだ。

その間に、失業保険だけのニート生活もあったし、他にも派遣で事務作業をひたすらやったり。

一貫性がない。とか、
何がしたいの?とか
周りに言われたこともあるけど、

人に説明するために生きてるわけじゃない。

就職面接みたいな答えじゃ夢はみつからない。

 

ネガティブの方がポジティブの素質がある

自由に生きるとは真逆のイメージのネガティブ。

でもアドラー心理学では・・・

劣等感は人生に立ち向かう原動力

わたしはとにかく考えすぎる。

悩んで考えすぎて気持ち悪くなるくらい。

空想に逃げるし、よく目を閉じて何時間も過ごして
頭の中の世界でひっそりと考える。

考えすぎスイッチが入ると、
歩いてても満員電車でもお風呂の中でも・・・
何してても考えるのが止まらなくなる。

気を抜くととにかくマイナス思考に、なにもかもが無意味に感じちゃう。

ネガティブが今こんだけ前向きに考えられるようになったのは、たっっ・・くさんの考え方に出会ったからだと思う。

ネガティブには見せかけの精神論は効かないぞ

けど、てつがくとか心理学とか、ちゃんと自分と向き合う方法を知れば、ちゃんと自分に返ってくる。

ジプシー人生のはじまり

本当にやりたいこと?

子どもの頃からの夢で、親の反対を押しきってすすんだ道だった。

つらかった専門学校時代。
3日くらい寝ないのが日常茶飯事だったのをのりこえて、やっとこさ辿りついたんだ。

 

ぜんぶ吸収してやる!!
最初はがむしゃらに働いていた。

まわりの期待に応える充実感も感じてた。

けど、いつも心に引っ掛かってた。

___自分が本当にやりたいこと?

自分の気持ちが揺れるのに気づいていながら、
過ぎて行く時間の虚しさも。

めまぐるしい日常に酔いそうだった。

海外出張で見た現実

知らなかったものを見て、自分の価値観が大きく揺らいだんだ。

働くって何だろう?仕事って何だろう?

自分が何をしたいのか、分からなくなってしまう。

わたしはそれまで「夢」が全てで、その価値は人生で絶対的だと信じてたから、その先の人生計画は真っ白。

「自分のやりたいことが分からない」と言う人に対して、なんでだろう?とすら思っていた自分が、「自分のやりたいことが分からない」で悩むことになるなんて、想像もしていなかった。

自由に生きたい。きっかけはてつがくの本

当時流行っていた “ニーチェの言葉” がきっかけで、
てつがく、心理学、詩集、、、「考え方」を教えてくれる本をとにかく読みあさった。

「何かひとつに決めなければいけない」

「一度きめた目標へは、最後まで一直線に努力しなければいけない」

ヘンに追い込まれるような気持ちを捨てて、
なんでもやってみることにしたら楽しくなった!

仕事を辞めて、やりたいと感じたことは何でもやってみることにしたんだ。

毎日絵を描いて、
アクセサリーとか、雑貨を作り始めた。
オーダーがあれば服も作った。

 

「じゃあ何のために学校に行ったの?」

「服を作りたかったんじゃないの?」

___やってみたいから。

 

ハンドメイドの作家活動

web販売をスタートし、専門学校時代の友だちの繋がりもあってイベントで出店。

そこで出会った作家さんとまた合同展示をしたり、オーダーもぼちぼちもらえた。

京都の雑貨屋さんから仕入れのオファーも頂いたり、

とにかくやることのない日は日もなかった

それでも収入は十分じゃなかったのが現実。

問題は親との価値観のズレだった

20代半ばで相談もなく仕事を辞めて、安定しない収入の娘。

親の気持ちもわかる。

でも、自分自身を認めてもらえてない気がして、とても苦しい時期だった。

何か変わるかも!海外へ飛び出す

わたしも海外に行ってみたいな・・・

NYの大学へ行った友だちの前で、ふと言った一言。

友だちは即答で「行けばいいじゃん。」

あまりにもあっさり過ぎて戸惑うわたし。

 

でも頭の中はこういう言い訳を並べてたんだよね。

だって英語できない
何のために行きたいとかハッキリしてないし
すごくお金かかりそうだし
実際に行く勇気もどうだか・・・

 

またネガティブが戻ってきてたけど、友だちのおかげで吹っ切れた。

大義名分はいらない。行きたいなら行けばいい

思い出せ!わたしの人生設計を白紙にした、中国で見た現実。

知らないことは世界にもっとたくさんある。

もっと知りたい!

 

最高にクレイジーな日常と経験

上陸したのはイギリス、ロンドン

ロンドン生活は日常が冒険のようだったよ。

憧れのヨーロッパの街並み、
毎日通い放題の美術館・・・

トキメキだらけで、好奇心が全開だったぞ!

 

一方で、クレイジーな日常。
穏やかな日々はそう簡単には訪れなかった。

英語が通じない

留学を決めてからオンライン英会話を毎日やってたけど、全く通用しなかった

会話が成り立たない、話せない、言葉を知らない

バカに見られてる気がする・・・
自尊心はズタズタ。

闇物件にひっかかる

日本の不動産はなんて安全なんだろう。

家に帰ったら部屋の全ての荷物が無くなって
ゴミ袋に放り込まれたまま放置
されるという事件。

危なすぎて夜逃げするという始末。

うそーん。先進国だよね?

国境ぎわの攻防戦

外国人には厳しい。
VISAルールはよく変わるものよ。

受けたい授業のために、VISAを途中で変更しなければいけなくなったのさ。
それはもう一度国境を出て、入り直さなければならない。

学校で紹介された法律関係の相談所にお世話になった。

準備万端で再入国しても、国境ぎわで止められる。
国境局員と激しい口論にも・・・

他にもいろいろあったけど、
海外留学ではVISAと闇物件には気を付けてね。

旅での最高の幸運は・・・

出逢いに恵まれたこと

本当にラッキーだった!

ホームステイ先の家族は優しくて、
子どもとは遊びながら英語を教えてくれた。

ホストマザーがわたしと同年代の子を紹介してくれて
ローカルの友だちもできた。

クレイジーなトラブル続きのわたしを助けてくれたのも周りの人たち。
事情を話すと「うちにおいでよ」と言ってくれる友だちや学校の先生

特に、危険な家の問題はしんどくて、、、
人前では抑えていた感情が、ダムの放水みたいに解放されて大泣きしたのを覚えてる。

おかげで人に頼れるようにもなったしね。

必死で勉強したおかげで、本当に心が通じ合える友だちにも巡り逢うことができた。

お互いに涙目になりながら、年越しの花火を見ながら語り合ったことを、わたしは一生忘れない。

自由に生きる、いろんなカタチを知る

ロンドン滞在中に、たくさんの街を旅したよ。

イギリス以外の国もひとり旅。

それも引っくるめて、留学期間は本からでは得られない経験ができた。

自由に生きるカタチを知ることができた。

 

いつも子どもを抱きしめる家族の姿。

お客さんと気軽に会話するスーパーの店員さん。

モスクの前で一緒に絵を描いた青年。

宗教絵画を世界中のクライアントのために描いているトルコ人アーティスト。

大学のアートクラスでモデルをやりながら女優を目指している人。

当時大不況のスペインから出稼ぎに来ていたスペイン人

 

イギリス人の友だちの実家で過ごしたクリスマスに

今まで見たことないくらい穏やかで平和な表情の自分とか。

 

それは草をはむたくさんの羊の声に、
チュンチュンという鳥の声で目が覚める朝。

焼きたてのパンの香りと手作りのジャム。
そして穏やかで、互いにやさしい家族の姿。

彼女の家族をみて、ホームステイさせてもらった家族のことを思い出した。

今まで自分になかった価値観を自分の中に感じた。

ロンドン芸術大学のアートクラス

 

夢中で受けたアートクラス。

時間があれば美術館に通って、ひたすら絵を描いた。

雲の上の存在だったセントラルセントマーチンズの講師に教えてもらうこともできて、本当に刺激的だったな。

いくつかコンペティションにも参加して、
一つ奨励賞をもらうこともできたよ。

自由に生きるために考える

ヒントをくれるものはたくさんあるんだ。

心理学やてつがく、言語学や科学、

曲がり角での挫折、旅でのたくさんの経験。

自由に生きることは、いろんな考え方を知って、
自分の考え方を見つけること。

悩んでる人の役に立てばいいなと思って、
こころに刺さる、じんわりくる、
時には難解な考え方のアイディアを、
わかりやすく記事にしていくよ。