突然ですが、絵を描きつづけていると、途端に自信を無くして不安になることもあるのです。
マイペースに絵描き活動をしているわたしも気持ちが浮き沈みして、
天性のぶっ飛んだ才能を持っている人には心底憧れるし、人と比べてしまう気持ちが出てしまう時がある。
あなたがこのページに偶然たどり着いたのはもしかして・・・
「才能がない」なんてキーワードで検索をしたのではないですか?
その気持ち ・・・分かります!
特にクリエイティブワークをしているなら尚更に!
そんな時に読むべきは “自分の感受性くらい” という名詩。
アーティスト活動をしている人には、ぜひこの詩を読んでほしい!のでここにシェアさせてください^^
自分の感受性くらい。自分で守れ。
自分の感受性くらい
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
茨城のり子 作
「繰り返し読みたい日本の名詩一〇〇」 より
アドラー心理学にも通じる?
刺さる。最後の3行でトドメを刺される。
この “自分の感受性くらい” 、ほんとにその通り。
“嫌われる勇気” で有名なアドラー心理学を思い出してみると、なんだか通じるものがある。
アドラー心理学は自分で意味付けをする心理学だから、
劣等感もコンプレックスも自分の脳ミソが生み出したものなのだ。
アドラー心理学では、自分の人生の主役は常に自分であり、
感情の動きも、行動の選択も(無意識も含めて)さいごは自分自身が決めている。
主導権を取る分、前向き。でも自分の人生に責任を取る。そんな考え方なのだ。
この詩の中で言わんとしているのも同じ。
自分の感受性を周りのせいではなくて、自分で見限るものではなくて…
自分の才能・感性なんて自分の定義次第。
つまり、自分で責任もって信じよう。ってことだと思う。
茨木のり子 とは、どんな人?
(1926-2006)
詩人、童話作家、脚本家
代表作:「自分の感受性くらい」「わたしが一番きれいだったとき」
激動の時代を生きた、現代の詩人ですね。
「自分の感受性くらい」 が世に出たのは、のり子さんが夫に先立たれて一人暮らしの時期。
戦後、生活から娯楽や芸術の存在が消えていった頃の気持ちを詠んだそうだ。
そんな時代に、こんなに力強く、逃げてしまいそうな気持ちを律する言葉が出てくるなんて本当に凄いな…
もう一度リプレイ。
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ!